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紫福院家の歴史と本家の者を更新

今回は多迦麻呂としてではなく、本体として書かせていただきます。
はじめまして。本体ですw
IRIAMでは本体ですね・・・多分。

さて、今回紫福院家の歴史の平安時代をちょこちょこ書いていたのですが、まさかの繋がりが出てきました。
実は私、歴史苦手で、どの時代の誰がどこにいて・・・なんて覚えてないんですよ。
大まかには覚えていますよ?たしなみとしてね。
そんな中、急遽『藤原仲麻呂』という人物が浮上してきたわけで・・・本当に全く知らなかったんです。
調べてみたら、超お偉いさんじゃないですか。
でね、実は元々〇〇麻呂という名前設定だけで動いていたため、家名とか家紋とかって、後でどんどん付け加わっていった設定なんですよ。
そこに整合性なんてものは考えていなかったため、破綻するんだろうなと思いながらも実際の歴史とつきあわせて、物語に問題がないように作っていく作業をしていたんです。

・・・・・実際には紫福院家なんてないですからね!
うちに歴史書見せろって来られても、困りますからね!!ww

まあそんな最中、いよいよ問題の平安時代の執筆に移ったわけです。
紫福院という氏をどう扱うのか・・・家紋の意味は・・・という難問に差し掛かったわけですよ。
そこで、実際の歴史を見て、越前に関わりのある人物を探したところ、藤原仲麻呂の名前がね。
なぜ『藤紋』を使っているのか、そして急に名前に『麻呂』を付けだした理由がそこにあった!!
パズルのピースがはまる感じ、わかります?
ありがとう、お墓参り行ってお礼するよ!と思って調べたら、墓の記述はなく、最期の場所的な記述が。

・・・・・行ったことあるわ!
だからあそこに寄らないといけないと思って寄ったのか!!!
なんかわからんけど、駐車場で休憩してたわ!!!
となりました。
滋賀県高島市の乙女ヶ池周辺という場所です。
来年も行かねばならんので、そのときはちゃんとお礼をすることにしましょう。

整合性を保ってくれてありがとぉぉぉぉぉぉ!!!!

白髭神社(滋賀県高島市)

・・・白髭神社の写真、地味に紫式部の石碑が映り込んでるじゃないかww
以上、本体でしたw

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